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哲学を武器にして論理的に「怒る」実例集217:草稿〔1〕

Logically Barking 〔Like A Philosopher〕


 啓蒙とは、人が自ら招いた『未成年の状態』から抜け出すことである。未成年の状態とは、他人の指示がなければ自分の理性を使うことができないということ。人が未成年の状態にあるというのは、決して理性がないからではなく、自分の理性を使う決意も勇気も持てないからである。だから言おう。『知る』勇気を持て。自分の理性を『使う』勇気を持て。
                  
           カント


【 まえがき 】

 日常生活において、怒ることは否定的に捉えられている。いわく、相手を怒れば人間関係がこじれる。いわく、人の上に立つもので大人物たる者は怒りを面に表さないものだ。いわく、スグに怒るのはわがままな証拠、我慢の足らない人間であることの表れだ。

 だが、人間の感情である「喜」「怒」「哀」「楽」のなかで、「心」が入っているのは「怒」だけだ(漢字として「心」が下についている)。実際それくらい「怒り」には心がこもっているし、それだけ本心、本音ともいえる。そして、本心・本音をぶつけ合うから、またお互いの理解が進み、真の人間関係を築くこともできる。

 それでも、怒ることが否定的に捉えられるのには、怒りが以下の2つの場合であることが多いからであろう。
 一つは、その怒りが怒った本人の都合を表明しただけに過ぎない場合が多いこと。たとえば、部下のミスを上司が怒るとき、そのミスが上司の失点につながるから怒るのであって、決して組織全体のためやミスをした部下本人のためではないときだ。裏返せば、そのミスが上司の責任に関わらないようなものなら、その部下をバカにするだけ。上司の私に失点がないのなら部下のコイツを失笑しよう、とそういう腹が透けて見えるような怒り方だ。

 怒ることが否定的に捉えられるもう一つの要因は、怒りがやはり「ただの感情」である場合だ。俗に「感情的」と表現される言い様だ。中学校の国語の時間で、「感情」は「理性」の反対語であると教えられる。怒り=感情=理性を失っている、ということだ。たとえば、小学校の教室で生徒が先生に向かって何か悪口を言ったとき、先生としてその生徒に「相手の心を傷つけることを目的として相手の欠点を言ってはいけない」などの、教育的な配慮をもって生徒を怒るべきだ。そこを、自分の悪口を言われた不快感だけで生徒を怒ってしまっては、理性を欠いた先生と評されても仕方あるまい(そういうときに限って生徒の悪口は的を射ていたりする)。教育現場では、「理性で叱るのはいいが、感情で怒ってはいけない」と、よく言われる。

 ということは、どこかに理性があればよいのだ。怒りが自分の感情の発露であっても、いや、怒りである以上、自分の感情が入るからこそ、同時に理性が込めればよいのだ。怒りが、私事の代わりに、真理や論理の裏打ちをもっていれば、怒鳴っても良いはずだ。

 先述のように、怒りには効用もある。その効用を生かすためには、怒りが否定的に捉えられる2つの要因、「自分の都合」と「感情」、これらを排除すればよいのだ。すなわち、「無私」と「理性」で怒る。言い換えれば、「客観性」と「論理性」で怒れば良いのである。

 そして、そのように怒る術[すべ]を持つとき、その怒れる人には「哲学」があると見なされる。社会人としてブレないための自身の哲学が。

 他人を怒る勇気を持てない人がいる。一方で、他人を怒鳴り散らして抑えのきかない人がいる。前者は、ストレスを溜め込み、後者は人望を失う。このように、上手く怒れない人は多い。

 本書はそんな読者が、「理」をもって怒る、そのための言葉をあらかじめ持ち、合わせて人望を得、同時にスカッとするための著作である。筆者はこう考えている。すなわち、「自分の都合」と「感情」を押さえ込む言葉を、あらかじめフレーズとして記憶していれば、いざ怒りが心の中に湧き起こったとき、その口から衝いて出てくる言葉が、客観的で論理的で、誰もがあなたの怒りに納得できる、そういう言葉になると。

 怒りは人間の美徳に数えられないことがほとんどだが、人は大いに怒ってよいはずだ。怒鳴ってよいのだ。ただ、モノは言いよう、怒るにも怒り方、言い方があるだろう、ということだ。読者が本書によってその言い方を身に付けて、よりよい人間関係と周囲からの尊敬を得られれば幸いである。



【 目次 】

まえがき

第1節  納得できないと言って自分の感情を優先する若輩者は怒ってやるべきなのだ

第2節  理不尽なことを言うビジネスマンには理を尽して怒るべきなのだ

第3節  きれいごとを言う者には一度怒ってやらなければいけないのだ

第4節  相手自身にたとえて怒らないと分からない人が世の中に多いのだ

第5節  因果関係と相関関係の混同には怒らないといけないのだ

第6節  なんにも考えてない者には大いに怒れ

第7節  自分の都合と他人の都合の区別がつかない人が世の中に多いのだ

第8節  男女の仲だからこそ論理的に怒らないといけないのだ

第9節  悪口には怒りを飲み込んで前向きに返してやるのが効果的なのだ

第10節  自分の価値観以外の価値観を見下す人が世の中には多いのだ

第11節  信用という言葉を自分の都合で使っている者には怒るべきなのだ

第12節  善意は常に正義ではないし偽善は常に悪ではないのだ

第13節  人は弱い存在だと認めるけど、それでも怒らなくてはいけないのだ

第14節  社内でも家庭内でも怒るべきは怒らないといけないのだ

第15節  人は皆バカでコンプレックス持ちであることをスグに忘れる者には怒るべきなのだ

第16節  自分の言っていることが常に正しいと思っている者には怒っていいのだ

第17節  自分には責任がないと思い込んでいる者には怒っていいのだ

第18節  謝って済ませるんじゃなく学ぶべきなのだ

第19節  若い連中も中年層も困ったものだ

第20節  マナーに欠ける人には腹が立つのだ

第21節  根拠薄弱なプライドをもっている者には怒るべきなのだ

第22節  そして、やはり人は怒るべきなのだ

あとがき


  << 本文 >>
 ※草稿〔1〕では第6節まで


第1節  納得できないと言って自分の感情を優先する若輩者には怒るべきなのだ

1 つまらない仕事をやっているときこそ、その人の実力が分かるんだよ

「私はこんなつまらい仕事をするためにここにいるのではありません。この命令には納得できません」
「君が納得するかどうかは、この命令を遂行する上において関係ない。納得という君の心の状態を問うているのではなく、結果という君の実際の実力を問うているのだ。つまらない仕事と言うのは、誰よりも素早く丁寧に、そしてさらなる付加価値をつけて、この仕事を完成させてから言うんだ。たとえ、お客様にお茶を一杯出すといった仕事でも、出し方や出すときの声のかけ方で差がつくものなのだ」

※人の心は変わる。プラスにもマイナスにも。ちょっとしたことで納得は不服に変わり、不満は満足に変わる。つまらない仕事だと思って嫌々ながら取り組んだことが、その意義を見出してむしろ仕事に喜びを感じる。昔からずっと憧れてやってみた仕事が、やってみたら失望の連続を味わう。今の心に従わない、それを自分自身にも他人にも分からせることは非常に意味のあることである。


2 自分のやり方を採用した客観的根拠は何だ

「自分なりに工夫して頑張りました」
「自分なりとは何だ。自分のやり方が一番だという客観的根拠は何だ。自分のやり方があっても、一度はやり方を先輩に聞くべきだ。もっと良い方法があるかもと貪欲になれ」

※自分が自分であることに拘るのではなく、自分が成果をあげることに拘る。そうあるべきなのだが、人は時に自分らしくある方がより正しいことのようであるように思ってしまう。


3 恐れるところが違うだろう

「自分なりには工夫して頑張ったんですけど、ダメでした」
「自分なりにではなく、どうしてより良いやり方を聞いてから取り組まなかったのか。気持ちは分かるが、自分が『仕事ができない人と思われる』のを恐れるより、自分が『仕事ができなかった人と評価される』のを恐れよ」

※人は不幸な未来がやってくることを恐れるあまり、真に恐れるべきを見失ってしまう。その時、不幸な未来はやってくる。


4 言い訳したら罪が倍になるんだぞ

「自分としては頑張ったつもりなんですけど、ダメでした。たまたま他に抱えている案件が多く重なってしまって、それでこんな結果に」
「それが結果を出せなかったことの正当な理由になると思っているのか。もし案件の多さが理由なら、それは最初から分かっていることなのだから、この仕事を引き受けたこと自体が間違いなんじゃないか。今の言い訳で君は、結果が出せなかったことと合わせて二重の罪になるんだぞ。そんな言い訳より、次どうするかを具体的に言うんだ」 

※プロは結果が全て。が、現実にはそういつも結果が伴うものでもない。であるなら、プロは次にどうするかが全て。たとえ、良い結果が出たとしても。


5 本当につまらない仕事なら成果を挙げてみろよ

「こんな仕事、つまんなくてやってられない。オレの能力が泣くよ」 
「勘違いしてはいけない。つまらない仕事、簡単な仕事ほど、やる人によって大きな差が生まれる。工夫の仕様がなさそうな単純な仕事ほど、やる人によって出来栄えが大きく変わる。自分の実力を示したいのなら、そのつまらない仕事で成果を挙げて見せよ」

※与えられた仕事で成果を出す。たとえどんなに不満があろうとも。それだけが、よりよい仕事を与えられる契機である。


6 自分の可能性は自分の視野の外にも広がっていることを想像しろよ

「今回の異動の内示先を聞いて驚きました。私には適性がない部署だと思いますので、お断りさせていただけませんか」
「君は自身の潜在能力をそんなにも過小評価しているのか。向いている、または向いていないと思っていたものが、実際にやってみたら逆の結果になるのは良くあること。いいか、可能性は自分の視野の外に広がっているものだ。新しい自分を発見することを恐れるな」

※自分は自分で思っているほど自分のことを知らない。良い方にも悪い方にも。


7 謝罪をメールだけで済ませるなよ

「それで先方には」
「はい、納期の遅れました理由と謝罪を、ちゃんと丁寧な文体で、メール送信しました」
「君、よく覚えておくんだ。謝罪はきちんと対面で行うべきだ」
「でも、メールの方が効率的ですし、それに面会に行っても断られると思うんですよ」
「たとえ、アポイントを取る電話で断られたとしても、そんなに遠くないのだから一度は謝罪に伺うべきだ。いいか、メールはどんな丁寧な文体でも、所詮は文字だけだ。メールは言葉だけ。電話なら言葉と声。対面なら言葉と声に姿勢と表情・視線が加わる。篤くお礼を述べるにしろ、深く謝罪するにしろ、言葉と声と姿勢と表情と目で伝えるから、厚みや深みが出るんじゃないか」

※瞳は饒舌である。


8 自分が間違っているかもと少しは考えてみろよ

「そういう理不尽な命令には従えません。そんなことをするためにここに入社したのではありません」
「未熟な君がこの命令を理不尽だと勝手に判断するな。未熟な頭で出した理不尽という断定は不正解だ。命令に従ったら今の君には知りえない意義があるかもしれないじゃないか。目上からの命令はどんなものでも耐えろ。命令に逆らうのは君の実力を私に見せつけてからだ」

※自分「心の中」で下した判断を絶対だと思う人間は使いものにならない。自分の判断の根拠を常に「外部」に求める、それだけに従う。その姿勢は謙虚と呼んでいい


9 根拠が弱いのに自分の判断を優先するなよ

「君にこの仕事を頼みたいんだが」
「できません」
「ん?」
「第一、それは僕がやることですか」
「私は君の能力でできると判断したから君に頼んだ。さらに、君がこれを役割としてこなせば、君の経験としても組織全体としても良いと判断したうえでだ。君は私の判断にケチをつけるということなのか」
「いえ、そこまでは・・・」
「ならば、私の判断に従うべきだ。ただし、君が自分の判断を優先したいというのなら、この仕事はやらなくていい。下がりたまえ」

※やる気のない部下や後輩には、感情的に怒るのは無論いけないが、かと言って、この仕事をやるべき理由などを説明しても、積極的には動いてくれない。このように、『私を非難しているのか』と論点をズラしながら怒ることで、毅然とした態度をとり、『君の判断としてやらないと決めるなら、やるな。強制はしない』と、相手の「積極的な拒否」を求めていく。さすれば相手は動かざるを得ない。


10 安易に世代間の相違の問題にすりかえるなよ

「仕事だからやらなきゃならないという考え方は古いと思うんです。仕事をするために生きているのではなくて、仕事はあくまで生きるための手段ですから」
「私には分かっているぞ。それは仕事で実績が上げられない、これからも上げる自信がないことへの言い訳だろう。自分の能力のなさを価値観の相違の問題にすりかえるな」

※こうやって怒るためには前提として、自分が、世代の違う人との価値観の相違を常に受け入れ、それを尊重し、自分の価値観を相手に押し付けない姿勢を普段からとっていることが不可欠だ。





第2節  理不尽なことを言うビジネスマンには理を尽して怒るべきなのだ


11 口約束でも法的には契約が成立するのだ

「先月はそちらの新商品を採用すると言ったが、もう少し市場の動向を見てからにしたいので採用を一旦見送りたい」
「あなたが条件を提示して採用するといい、私がそれに合意した以上、たとえ口約束でも法的には契約が成立するんだ。安易に自分の都合で前言を翻さないでくれ」

※後々のために、契約書を交わすところまではいかないまでも、メールでのやり取りでも十分だから、合意内容を記録として残しておくべきだ。逆に言えば、下手な言質を取られないためにもメールで送る言葉は慎重を期すべきだ。


12 人間は勝手な思い込みで他人の言葉を誤って記憶するのだ

「あなたはこの商品なら最低2000は売れると私に言ったじゃないか」
「私はパッケージを誤らなければ2000売れてもおかしくはないと言ったのだ。自分の思い込みで私の言葉を勝手に改変したり、記憶を変質させたりしないでくれ」

※言った言わないの水掛け論はビジネスでは避けたいので、数字とその意味や、成立する条件については、略式の契約だと思って、メールで記録を残しておくべきだ。「私はあなたに以前そう言ったじゃないか」と言う訴えは正当性はあっても現実性には乏しい。用心すべきだ。


13 お詫びに徹するのだ

「・・・のこと、本当にお詫び申し上げます。原因は弊社ではなく、製造元にあるようですので、そちらへの連絡先もお伝えしておきます。ともあれ、大変申し上げございませんでした」
「不手際の原因は何であれ、こちらはあなたたちから商品を買ったのです。言い訳をしたら、こちらの怒りが収まると思っているのでしょうか。損害を与えたうえに、さらに手間をかけさせるのはやめていただきたい」

※ついしたくなるが誰かからされるのはイヤ、というものの最たるものが言い訳。お詫びするときはお詫びに徹したいものだ。


14 ビジネスはギリギリになって足元をみてくるのだ
 
「前回の打ち合わせで同意したことなんだけど、もう少し条件を下げてほしいんだ」
「何度も話し合って到達した条件を再度見直せというのなら、次の同意も反故にされる可能性を私は考えなければなりません。したがって、前回の合意条件どおりに事を進めるか、この話はなかったことにするか、二つに一つしかありません」

※勇気ある撤退を行う準備がある、それを示す勇気は、仕事を失うことの恐怖よりも勝っておかなければならない。結果的に、その姿勢がこちらの仕事の価値と信頼性を高める。


15 オレの顔を立ててくれというワガママに付き合ってはならないのだ

「ねぇ、ここんところをさぁ、そちらのミスということにしておいてくれたら、私の方も社内で顔が立つし、これでこの問題は手打ちということにして、もう何も言いいません。ですから、ここは譲って、この部分だけでもそちらのミスということにしてもらえば、丸く収めることを約束しますので、何とかお願いしますよ」
「いいですか、こちらがミスしていないのにミスしたということで公にしてしまえば、今はあなたの顔を立てるのに良いかもしれないですけど、こういうことは後々に必ず付け込まれる隙となります。自分が攻め込まれる思いやりを私から要求しないでもらいたい」

※こちらの譲歩が「宋襄の仁」になっていないかどうかは常に意識すべき。約束は譲歩と等価にならない場合が多い。


16 ひとつの命令は全体の規則よりも軽いのだ

(退社時間に上司が)「ちょっとすまないが、帰る前にこのグラフ作っておいてくれないか」
「残念ながら退社時間です。もし、ここでこの命令を引き受けてしまったら、課長の上司としての評判を落とすことになりますので、命令そのものを聞かなかったことにします」

※「評判を落とす」とは、命令のタイミングを心得ていない「仕事の段取りの悪い上司」、または「人望をなくす上司」という意味。尋ねられたら、そのように意味を解説する。当然ながら、一つ一つの上司の命令よりも、守られなければならないルールがある。


17 ひとつの因果は事実の全体よりも軽いのだ

「駅前店の売り上げが落ちているようです。ここの店長がお客様から数件クレームをもらったようで。売り上げが落ちた原因は店長の姿勢にあるのではないかと思われます」
「君は店長に恨みでもあるのか。もちろん店長の資質も考慮しないといけないが、判断下すにはあまりに情報が少なすぎるではないか。一人に責任を押し付ける前に、他に集めるべき情報があるだろう」

※AだからBという単純な因果関係だけで、物事全体を判断する人間は多い。筋が通っている話でも、いやだからこそ、一つの論理だけで判断下す愚は避けねばならない。


18 ビジネスでは感想は寝言なのだ

「それでA支店の様子はどうだった」
「はい、あの例の商品ですが、何だかあまり動いていないようでして。店長は、他の店舗はどうなんだろう、ウチだけ売れていないのかなぁ、他はPOPとか使っているのかなぁとか、結構悩んでいる様子で。ちょっと、私も見てて不安でした」
「君は報告を、くどくどした状況説明とただの感想だけで終わらせる気かね。現状を数字を使って説明、課題を具体的に設定、君が考える次の対策、これら3つを論理的に述べよ」

※現状把握→課題設定→自主行動、ビジネスの基本。


19 誰がなぜそう言ったのかは常に気にすべきなのだ

「今度の社長には期待できないね。この業界への見識を何も持ち合わせてはいないし、権力欲しかなくて、仕事には本当はあまり興味がない人物だしね」
「どうして、そんなことを知っているの」
「いや、そう部長が言っていたから」
「新社長に期待できない根拠はそれだけか。どうして、人が言ったことを鵜呑みにして、さもそれが決定的な事実であるかのように話をするんだ。部長が新社長を個人的に好かなくて、そんなことを言っているだけかも知れないじゃないか」

※情報は発信する側の利のためにある。発信する側が、発信によって何を意図し、何を利とするか、情報の根拠は何か、そこに作為的なものはないか、それを意識して情報を見聞きする。こういう姿勢を維持するのは難しいが、そうありたいものだ。


20 手柄を譲ると最初に伝えておくべきなのだ

「・・・というわけで、課長、この企画に取り組みたいんですが、いかがでしょう」
「ダメダメ、そんなの上手くいきっこない。第一それで上手くいくなら、他がもうとっくにやっているよ」
「ここで『やってみろ』と言えば、部下にチャレンジさせる度量のある課長さんだ、と評価が高まることに、どうして気付かないんですか。上手くいかなければ私が率先して責任をとるつもりなんですし、上手くいけば手柄は課長のものにすればいいじゃないですか」

※怒りながらも、美味しい所は上司がもっていけばいいと言えば、提案は通りやすい。もちろん責任は自分にありと宣言するのも忘れずに。とはいえ、企画が進んでいるときには自分の手柄の痕跡が残るようには仕掛けておく。


21 マイナスしか見ないことを怒るべきなのだ

(営業担当が)「この商品は売れないですよ。結構重くて使い勝手悪そうだし、操作は、特にお年寄りには複雑だし、それに・・・」
「自分のやる気のなさを商品の欠点にすりかえるな」

※売れない理由は簡単にいくらでも見つかる。売れる理由を見つける方が難しい。だから、売れる理由をたくさん見つけられる人が成績を残す。


22 会議の意味を分かっていないのだ

「というわけで、もうお時間もあまりないことですし、この辺りの内容をこの会議の結論として一旦まとめておくということでよろしいでしょうか。あなたは今回あまり発言がありませんでしたが、それでよろしいですね」
「先ほどからずっと議論を聞いてきたのですが、私はそのまとめは間違いだと思っているんです。確かに良いところもあると思いますが、悪い点もたくさん指摘できます」
「ならばなぜ、そのことを議論中に指摘せず、今になって全てをひっくり返そうとするんですか。会議というのは、結論が正しいか間違いかも大事ですが、妥協すべきを妥協して合意を取り付けるのが目的です。そこを勘違いしないでください」

※ダメ出しは誰でもできる。素人でも子供できる。長所を積極的に見つけること、多少の欠点は妥協すること、それはプロでなければ、大人でなければできない。





第3節  きれいごとを言う者には一度怒ってやらなければいけないのだ

23 目標は高い方が良いと思い込んでやしないか

「いいか、人間、チャレンジが大切だ。夢は大きく。失敗を恐れるな。失敗することよりも低い目標を立てることの方が罪なのだ」
「いや、低くても、目標である以上は今の自分が手に入れていないもの。だが、手には入れやすい。目標を達すればたとえ低くても成長して、また新たな目標が見える。そうやってどんどん低い目標を立てて達成する方が、失敗することよりも尊いではないか」

※成功者が唱えるきれいごとより、身の丈にあった現実的目標を胸に抱け。


24 夢は寝てから見るものなのだ

「君はまだ若いのだから夢を持つべきだ」
「夢は自然に見るものであって、意識的に見るものでも探すものでもない。それに夢は寝てから見るもの、私は常に醒めているのだ」

※夢をかなえた者は、徹底的に現実を見据えたからこそ夢をかなえた。そのことを知らずに、夢を持つことが大事と考えている人は多い。夢を持っても持たなくとも、徹底的に現実的に、世界のあるがままに真っ向から勝負を挑めば、夢にも見なかった理想を手に入れることができる。


25 『努力は報われる』は一種の仮説

「努力すれば必ず報われるものだ」
「努力は必要な要素であっても十分な要素ではない。きれいごとで単純化するな」

※きれいごとを持ち出して思考停止する者には、世界が混沌(カオス)であることを教えねばならない。同時に、必要条件と十分条件、因果関係と相関関係、こういった論理を教えねばならない。


26 誠実は己に、理解は他者に

「誠実な心でもって接していれば、いつか相手は分かってくれるものだ」
「誠実ではあるべきだが、それをもって他人の理解を期待すべきではない。相手の理解は相手次第だ」

※きれいごとは一つの価値観であって普遍の価値観ではない。よって他人が共有するとは限らない。ただ、きれいごとという価値観は反論が、論理的にも心情的にも、し難いというだけのことだ。


27 欲しいのは勇気ではなく勝算

「私は失敗を恐れていない。果敢に挑戦するのみ」
「君が失敗を恐れているかどうかは関係ない。問題は成功する確率、または失敗しても何かが得られるという挑戦する価値。問いたいのは確率と価値で、君の感情ではない。君の勝算を聴こう」

※恐れという感情は克服しなければならないが、その克服のためにも確率と価値を客観的に判断し、明確に意識することが必要となろう。


28 希望的観測を覆い隠す言葉

「やってみなければ分からないだろう」
「君はそれをただ単にやりたいだけなのか。それとも良い結果がほしいのか。私が言っているのは、それをやってみて良い結果が出る確率がどれだけあるかを言っているのだ」

※やってみて上手くいく、そう思っているから「やってみなければ分からない」と言う、この矛盾。


29 上手くいかなかった場合のことを考えない人

「やってみなければ分からないだろう」
「ああ、その通りだ。だから、やってみて上手くいかなかったときの代償を負うことができるか、やる前にそれを証明せよ」

※やってみて上手くいく、そう思っているから、上手くいかなかったときの代償を考慮しない、この無責任。


30 心配は君のただの感情に過ぎない

「あなたのことを心配して言っているんじゃないか」
「不安や心配は伝染する。私に今必要なのは、心配といった心の動揺によるアドバイスではなく、冷静で客観的なアドバイスだ」

※心配することが相手を想うことだと勘違いして、頼んでもいないのに、ありがた迷惑なアドバイスをしてくる人間は多い。心配という感情と、こちらが置かれている客観的な状況とは基本的に無関係である。


31 諦めるとは今後の被害を食い止める損切り 

「一度決めた進路なのに、今さら変更するとは一貫性がない。考えが浮ついているんじゃないか。途中で諦めず、この進路でまっとうするんだ」
「一貫性なんて頑固者が言うこと。私はあれから多くの知識を得て、その上でちゃんとした根拠を持って進路変更するのだから別に構わないじゃない。諦めることは、物事がハッキリ見えてきたということなんだから、別に悪いことじゃない」

※一貫性を持つ、諦めずに進む、それらは確かに美しいことで、時に正当性を得ることがある。が、人生の選択には美しさより選択する根拠の多さ・確かさが、より重要となる。



第4節  相手自身にたとえて怒らないと分からない人が世の中に多いのだ


32 オレには見ただけでスグに分かるんだよと言う人間

「ねぇ、君。さっきの彼の名刺の渡し方見たかい。名刺の出し方でその人がだいたいどんな人間か分かるもんだよ。あれはきっと雑な人間だね」
「おい、その彼が君のネクタイを見て、君のことをわかったような気でしゃべっていたら、どう思う。一つのことで全てが分かった気になるな。そういうのは判断ではなく、ただの反応と言うのだ。女の子が子猫を見て『カワイイ~』って言うのと大差ないよ」

※「ディテールにその人の本質が現れる」というのを過剰に信じている人間がいる。確かに、それは一面の真実ではある。だが、一つのディテールは一つの情報であって、それで全て判断するに足る情報ではない。


33 自分の都合を先に言う人間

(金曜日の夜に)「というわけでご対応をよろしくお願いします。月曜日の朝イチで出来栄えを確認したいと思っております」
「もし私が同じことをあなたに言えば、きっとあなたは私に嫌いになるだろう。土日に仕事をしろいうことなのだから。自分の都合優先の姿勢は改めていただきたい」

※相手のご都合を先に考える習慣をもつことを、どんな人にも教えておくべきだ。


34 悪意がないだけに罪が重い無神経な人間

(痩せ型の彼氏と胸の小さい彼女のカップルが歩いていて)「ねぇ、ねぇ、あそこにいる男の人見て。腕の筋肉すご~い。私、ああいうガッシリとした人がタイプなの」
「あのねぇ、もし僕がだよ。胸の大きな女性が歩いているのを見て、ああいうのが僕のタイプなんだって君に言ったら、君はどう思う?ああいうのがタイプなのは別に構わないけど、僕はそのタイプじゃないんだから、そこを配慮して口には出さないでくれよ」

※無神経な人間はいちいち本人に当てはめてたとえないと理解できない。


35 みんな立場が違うことの理解できない人間

「公務員にはサラリーマンの気持ちなんて理解できないよ」
「立場が違うという意味で言っているのなら、君にだって同じことが言える。サラリーマンに公務員の気持ちなんて理解できないよ。お互い様なら、一方的に非難される謂れはない」

※本当に気持ちの理解できる他者にしか言及できないのなら、我々は沈黙するしかない。


36 安直な線引きをする人間

「偉い人には所詮、現場の苦しみは理解できないんですね」
「私が管理職だからって一概に分からないと決めつけるな。私が、現場の人間は指揮する人間の苦しみが分からないだろうと決め付けたら、君たちだってイヤだろう。ここはそんな分け方ではなく、同じ仕事をしている仲間同士と考えるべきではないのか」

※人を身分・属性・職業で分類して偏見を持つのは人間である以上、仕方のないところはある。だが、線引きは一つとは限らない。対立を生むを線分を消し、新たな弧を描くことはできる。


37 自分の気持ちの理解を周囲に一方的に要求する人間

「おまえにはオレの気持ちなんて分かっていないんだ。オレの気持ちはどうしてくれるんだ」
「そういう君は私の気持ちも含めて一体どれほどの人の気持ちを理解しているのか。他人の気持ちを理解しないで自分の気持ちだけ理解することを要求する人間に、人を非難する資格はない」

※お互い様、持ちつ持たれつ、ギブ&テイク、そういう言葉の存在や有効性を知らない者たちがいる。一方的な人間、自己中心的な人間、そういう者たちには、自分
ができないことを人にタダで要求することはできないことを知らしめるべきだ。


38 他人を批判しておきながら自己研鑽しない人間

「最近の大学生って、就活就活って言う割には何も分かっていないよね。結局、俺たちは一緒に机並べて仕事できるかどうかだけを見たいだけなのになぁ」
「その発想は結局、自分と同レベルの人間を採用するってことだよな。だったら、偉そうに学生の批判する前に、自分の能力を高めたらどうなんだ。人は自分の器の範囲内でしか、人を見極められないんだぞ。いま企業人である君が、組織の中という安全地帯にいて何かを言っても説得力がない。自分が学生の時どうだったかを、よく思い出せ」

※大学が出題してはじめて受験生は解答できる。企業が募集してはじめて学生は応募できる。ピッチャーが投げてはじめてバッターは打てる。もし野球の試合が成立しない無茶苦茶な状況がおこれば、それはあらぬ方向に投げるピッチャーによってもたらせたのであろう。同様に、就活の問題や教育の問題の源流は、企業の姿勢であり、大学のあり方である。特に就活においては、企業・官公庁などの人事が「死球」(=面接での無茶な質問)を投げておきながら、よけられない学生が悪いと言わんばかりの風潮である。


39 親と同じ過ちを繰り返す

「自分はサッカー選手になりたかった。親に無理やりやめさせられて勉強ばかりさせられたんだけど、自分の息子にはそうはさない。息子には是非サッカー選手になってもらいたくて英才教育をしているんだ」
「結局、君の親とやっていることは本質的に同じじゃないか。もし、君の親が弁護士になりたかったのになれなかったとして、君に弁護士になれと英才教育を受けさせたら、君はどう感じる。自分の夢を子供に託すな。自分と子供は親子といえども別人格なのは君が一番よく知っているはずじゃないか」

※自分の人生の充実を自分の子供の人生の充実と重ねて考えてしまう親がいる。だが子供にとって、魅力的で、自分の人生と重ね合わせてみたいと思う親とは、子供のこととは別に人生を楽しんでいる親なのだ。


40 子のすべてを知っていると思いたがる親

「あの子のことは親である私が一番よく知っているんです」
「それをあなたの親があなたのことについて言ったら、どう感じますか。違うって分かるでしょう。誰だって、相手にする人によって見せる顔は違います。子供も親に見せる顔、教師に見せる顔、友達に見せる顔、みな違います。あなたが知っているのは、子供が親であるあなたに見せている一面のみ。友達の前ではあなたの知らないまた別の一面があるのです。親が一番に子供のことを知っているという考えは、傲慢な考え。もっと謙虚になってください」

※謙虚な気持ちを維持しなければ、人間は肝心なときに肝心なことを忘れてしまう。





第5節  因果関係と相関関係の混同には怒らないといけないのだ

41 根拠薄弱な法則

「できるヤツかどうかは靴を見れば分かる。靴が汚れているヤツは仕事ができないヤツだ」
「おいおい、それ一つの根拠で判断するのは早まっているんじゃないか。靴の汚れと仕事の才能に因果関係はない。確かに、仕事のできる人は細かいことに気付くから靴が綺麗に磨かれていることは多い。それでも、家を出るときはピカピカだったのが、外を歩いていると気付かぬうちに汚してしまうことがある。靴の汚れで仕事のできる・できないを判断するのは早計である上に、思考の怠慢ではないか」

※この類の法則を持っている人は多い。下手に相関関係があるだけに説得力がありそうな気もするが、ほとんどの場合、考えるのが面倒なだけで、検証も不十分な短絡的判断法に過ぎない。


42 因果関係の不足

「A社がわが社を圧倒しているのは、A社にはチャレンジすることを奨励し失敗を許容する企業風土にあるのではないか。我々もA社を見習って、失敗を恐れず大胆な提案をするよう、そして提案者に過重な責任を負わせないような、そんな組織作りが必要なのではないか」
「君のように安直に考えて、スグに因果関係と相関関係を混同するようなメンバーがいるから、わが社が劣勢に立たされているんじゃないか。チャレンジと失敗を許容する風土を持った組織でも、成長できていないところなんていくらでもある。第一わが社の規模を考えれば、そういう風土を安易には取り入れられない。取り入れたとしても、それだけでは業績は伸びない。」

※2つの事象に何らかの関連があることがハッキリしていたとしても、それが直接的な因果関係なのか、そして他にも加えられるべき要因はないのか、あるいは付随的な相関関係なのか、それらを見極める必要はある。さらに、それが自分に適合するのかどうかも。


43 原因条件と偶時条件

「この本さぁ、ある芸能人が読んでブログで紹介したんだよ。そしたらその後で爆発的に売れてさぁ。あの芸能人って意外に影響力あるんだね。今度出るウチの新商品のイメージキャラクターに抜擢することを検討してもいいんじゃないかなぁ」
「おい、時間の前後関係と因果関係を混同するな。あの芸能人は各種調査を見てもそんなに人気があるわけじゃない。ということは、その芸能人がブログでこの本を紹介した後に、単に本が売れ始めただけで、その芸能人のおかげで本が売れたわけじゃないだろう」

※誰に誰にお祈りをしてもらったら病気が治った、とそう言えば笑ってそれをバカバカしいと否定する人は多いが、同じ人間が一方で、日常生活において単に時間的に前後して起きたことを、勝手に因果関係があると思うミスをしがちである。


44 条件・結果の組み合わせの齟齬

「酒に強い男はだいたい営業成績もいい。しばらくウチの連中を飲みに連れて行く機会を増やそうか。少しでも酒に強くしておかないと」
「お願いだから、そんな愚かな真似はしないでくれ。酒に強い人には、人付き合いのいい人や、他人を不快にせず本音を話すのが上手い人が多いから、営業成績も上なんだろう。決して、酒が強いから成績がいいんじゃないだろう」

※因果関係と相関関係を混同している分かりやすい例。これを聞くと多くの人は同じように「愚かな」と思うのだが、少し込み入ったビジネスになると、スグに同じ愚かさを発揮してしまう。戒めねばなるまい。


45 「裏」は真ならず

「理系出身なら数学は得意だろうけど、あなたは理系ではないから、数学が人より得意とは言えないだろう。だから、この仕事には向かない」
「確かに理系の人は世間一般の平均に比べれば数学は得意でしょう。だからと言って、理系でない人が数学が人より得意でないと言うのは可笑しい。実際、私は理系ではないが数学は得意だ」

※「論理的思考の欠如」の最も典型的な例。『AならばB』が正しいとき、その「逆」「裏」「対偶」の中で同じく正しいのは「対偶」のみと高校で習ったはず。この対話は「裏」に関するもの。別の例で言えば「その硬貨が50円ならば、穴が開いている」は正しいが、「その硬貨が50円でないなら、穴はあいていない」は正しくない(5円も穴があいている)。


46 「逆」は真ならず

「だいたい公園なんかで道草くっているようなヤツは営業成績を上げられるわけがない。アイツは否定していたけど、ここのところ成績が上がっていないから、本当はどこかでサボっているに違いない」
「人の上に立つ者が基本的な論理を誤って、勝手な偏見を持つな。成績が上がっていないのは、営業手法に迷いが生じているのかもしれないし、何か別に悩み事があるのかもしれない。相談を持ちかけるなり、トレーニングを施すなり、他にやるべきことがあるだろう」

※これも「論理的思考の欠如」の典型的な例。もう一度、硬貨の例で言うと「その硬貨が50円ならば、穴が開いている」は正しいが、「穴があいているのならば、その硬貨は50円である」は正しくない(5円の可能性もある)。


47 同意反復に過ぎない

「売り上げの下降は来客数の減少に起因すると思われます」
「そんな無意味な報告をするな。ウチのような業態では客単価平均の劇的な上下は有り得ず、価格も変えていないのだから、顧客数とそのリピート率の下降は売り上げの下降とイーブンなのは当たり前だろう。君の報告は一つの現象を別に言い換えただけに過ぎない」

※ここで説明されているような状況なら、「来客数の減少→売り上げの下降」という説明は因果関係の説明にならない。売り上げの下降が即来客数の減少を意味するなら、それはいわゆる「論点先取の誤り」と言える。


48 原因と結果の循環 

「なぜ、ウチの店は評判が悪くなっているのか」
「それは来客数が減ったからではないですか」
「ではなぜ、来客数が減ったのか」
「評判が悪いからではないですか」
「君は原因と結果の区別もつかなければ、今目に見えて起こっていることの裏にある原因を探る気もないのか」

※いわゆる循環論法。こういうシンプルな対話にするとスグに因果関係の説明になっていないのが分かるのだが、現実のビジネスや教育の世界では皆が知らず知らず、こういう説明になっていない説明をしてしまっている。気をつけねばなるまい。


49 選択肢の不当性

「本当は大学に行きたいんですけど、親の経済的な事情で無理なんです。だから、高校を卒業したら就職します」
「どうして君は、進学と就職の二つの発想しかないのか。1年間フリーターとして働き、生活は今までどおり親に面倒を見てもらえば、200万円近くは貯金できる。そこから大学に進学すれば、1年間浪人したのと変わりないではないか。200万円あれば大学の2年分の学費は賄える。後はバイトをすればまた何とかなる」

※ジレンマに陥ったときほど、第3の選択肢を探す努力せねばならない。なお、1年間フリーターの後に進学する場合は、勉強時間は削られるので、自分のもっている偏差値よりも下位の大学を受けることになる。


50 二分法の危険

「私は、給料は高いが好きでない仕事か、給料は高くないが好きな仕事かどちらかを選べと言われたら、迷うことなく後者を選びなさい、というふうに若い人たちには言うようにしている」
「何と乱暴な二分法なのか。高いとか好きとかというのは程度の問題だ。そのような二者択一を示して一つを正解にしてしまうのは、若い人の思考を停止させるか、もしくは枠組みが単純すぎて返って悩ませるだけじゃないか」

※誤った二分法は世間には多い。ただ、表現としてはシンプルでかっこいいので、ついその枠組みで考えて、視野と思考を硬直させてしまう。二分法は単語の選択も問題となる。この例で言うなら本当は、「給料は低いが嫌いではない仕事か、給料は低くないが嫌いな仕事」というマイナスの意味をもつ単語で考えることもできるはず。あるいは「給料は高いが嫌いな仕事か、給料は低いが好きな仕事」でもいい。語の選択で印象はかなり変わる。


51 論理の基本は定義づけ

「やっぱり営業は熱意ですよ。お客様に気持ちをこめて訴えかければ、商品の良さを分かっていただけますよ」
「熱意は君がそうしたいという君の都合だ。お客様の都合とは何ら関係ない。商品の良さを熱く訴えかけられたら返って迷惑だ」
「いや、熱意というのはですね、そういうふうじゃありませんで、押し付けがましく言うのではなくて、なんと言いますか、お客様の潜在的なニーズを自覚してもらうために、こういろいろと論理的に説明しまして・・・」
「おい、熱意の定義がすり替わってしまっているじゃないか。君、営業成績、悪いだろう」

※「定義づけ」がしっかりとできていない主張は聞く価値がない。「熟成した思考」の裏打ちがない熱意は受け止める価値がない。



第6節  なんにも考えてない者には大いに怒れ


52 言い訳じゃなく検証

「ビジネスは結果が全てだ。言い訳は必要ない」
「結果が全てだからこそ、失敗したプロセスを事実として検証しなければいけないのです。何もかも言い訳にしているように捉えるのは止めていただきたい」

※正論は、反論できない真っ当な考え方であるが、あまりに直截的で硬直的に過ぎる。正論に対しては、自分の心さえも自由にできない人間の弱さといった「事実」や、白か黒かでは割り切れない人間社会の曖昧さといった「真実」、これらによって切り返すしかない。


53 同じ人が複数の匿名を使っているかもしれない

「ネットでも頻繁に書かれてあるから、あそこはやっぱりブラック企業なんだよ。ネット情報といっても正確なのもあるからね。これはそう判断していいと思うよ」
「文章化されたていることと、頻度が高いことが、情報の信憑性を高めるわけではない。その判断の仕方なら、何通りもの匿名を使って何度も同じ情報を流せば、それが真実ということになってしまうではないか。匿名情報を鵜呑みにするな」

※特定される情報の発信者、その発信者の普段の言動、そういった見識をもった発信者複数人からの情報を比較検討、最後は可能なら自分の目で確認。情報に対する判断とはかくありたい。それができぬなら、せめて、信じきることを保留にしたままに情報を聞く姿勢を保つ。


54 信じたいものを信じるとき思考は滅びる

「あの人が言うんだもの。私は医者に向いているって。間違いないことよ」
「その適性を示す過去の行動や現在の能力は一体何か。君はただそう信じたいだけではないか。信じたいものを信じるとき、人生は賭け事になってしまうんだよ。」

※信じたくなる言葉こそ、冷静に聞く必要がある。


55 男と女への決め付け

「大脳生理学的には男性の脳と女性の脳は違うらしくって、それによると男性はその脳の性質から考えることがスグに・・・」
「それは差別感覚だ。いくら学問的にはそれが正しくても、普通に生活していれば男性も千差万別で女性も千差万別だということくらい分かるだろう。学問的な話を持ち出したからといって、それは決め付けの精神だから差別だ。そういう物言いはよせ」

※『男は××で、女は○○だ』といった、単純でステレオタイプな分類は自分の知性のなさを露呈することに加えて、差別感覚にもつながる。


56 自分の周囲しか関心のない人

「遠い国で起こったテロや紛争なんて、自分には何の関係もないから関心ないね」
「なんて君は視野が狭いのか。確かに直接的には一般の日本人ひとりひとりに影響はないよ。だが、もし同じような事態が日本で起こったらとか、その可能性はどれくらいあるかとか、仮定の話以外でも、政府のホームページにメールでその国の被害者を支援するためのアイデアを提供するとか、はたまた国家レベルの争いと身近なレベルでの争いの共通点を思ってみるとか、いくらでも考えることがあるだろう。なのに関心がないとは」

※そのくせ芸能ネタには関心があったりする。自分と無関係であることは変わらないのに。


57 束縛と放任のどちらも親の思考の怠慢

「自分の子供は健康でのびのびと育ってくれたらいい。将来も彼の好きなことを見つけて、やればいいさ」
「それは親の怠慢に過ぎない。健康でのびのびだけでは大人になってから幸福に生き残れない。教育とは強制なんだ、ある程度は。好きなことを見つけるにしても、強制的に多くのことを学ばせるから見つかるんじゃないか」

※子供は子供ゆえ、好きにさせたら何も生み出せない。「子供の好きなようにさせる」という無戦略な親は、受験一辺倒の(あるいは職業限定をする)教育パパ・ママと同じくらい、無思慮である。


58 スグに休むべきか、病をおして出るか

「少し風邪気味だからといって休むな。這ってでも出て来い」
「私一人だけの仕事なら這ってでも出社します。しかし、仕事はチーム戦です。体調が万全でない私が皆さんの足を引っ張ったり、ましてや風邪を周りの人にうつしては迷惑をかけるばかりです。風邪を長引かさないためにも、いま休むのです」

※体育会系の考え方は悪いことばかりではないが、時に何が目的かを見失わせてしまう。


59 バチが当たったと言う下品

「あいつら、いつも人の悪口言っているから、家が火事にまきこまれるんだ。ざまぁみろ」
「いつも人の悪口を言っていることと家が火事にまきこまれたこととは関係ない。無関係のことをあげつらって人の不幸を笑うのは品の良いことではない」

※もし、この手の非難を受けたからと言って、何かの機会に仕返しのように同じような非難を返してはならない。特に民族間においては。知性に劣り、品性に欠ける言動は常に自戒したいものだ。


60 立派な総論、空疎な各論

「この業界は今後、店頭販売だけで生き残れなくなります。家電系ネット通販を買収・系列化して自社陣営に取り込むぐらいの大胆な戦略が必要になってくると思われます」
「それはどこかの評論家の受け売りじゃないのか。業界全体の展望もいいが、今我々はどうすべきか、自分の頭で考えた君自身の意見を述べたまえ」

※評論家の言うことをそのまま自分の意見のように言う。あるいは、評論家が言いそうな空疎な総論を自分の意見として述べる。こういう人間には、「それで君自身は具体的にはどう動くつもりか。そのために組織に何をしてほしいのか」と言って、リアルに思考させることを習慣づけさせなければならない。


61 論理と想像力に欠けた手段

「それで、このペットの育て方の本を出版することで、私たちペット愛好協会にどんなメリットがあるのか」
「はい、この本でペットの愛好家がさらに増えていくと思います。それが目的でこの本を出版しようと企画したのです」
「君には想像力がないのか。手段と目的がズレているじゃないか。愛好家を増やすということは、今まで愛好家でなかった人を愛好家にしようということだろう。ペットの愛好家でない人がどうしてペットの育て方の本を買うのか。そんな本はペットの愛好家しか買わないだろう」

※この手の「手段と目的のズレ」は誰の頭にも起こりうる。しかも、知らず知らずに。このように怒るためにも、油断なく考え続けなければならない。その目的にその手段は最適か、と。


62 ルールは適用する前に、その目的を知れ

「おい、店のルールでは初犯であれ何であれ、どんな万引き犯でも警察に引き渡すってなっているじゃないか。なぜ、そいつはだけは放免にするんだ。ルール違反だろう」
「原則と例外というものがあるだろう。この人は重い認知症で、こうやって家族も引き取りに来てお金も払うって言ってるのだから、例外的に放免で良いだろう。原則と例外は法律の世界でも認められている。ましてや店のルールで、これくらいの柔軟性がなくてどうする」

※頭の硬い人、杓子定規な人は、何がルールかは知っていても、ルールの運用の仕方を知らない。


67 選択肢が一つしかないという思い込み

「ウチの子が学校に行かないんです。毎日、学校へ行くように説得はしているのですが、効果がなくて」
「どうして無理に学校へ行かせようとするのですか。それは『泣くな』と叱って頬をひっぱたくのと同じですよ。余計に泣くじゃないですか。行きたくないのなら、行かなくてもすむような方法、それでもちゃんと生きていける方法を一緒に考えてやってください。親が味方にならなくて誰が味方になるというのですか」

※押してだめなら退く。それでダメなら他の選択肢を考える。


68 恩義は友達に貸したCDのようにスグに返してもらえ

(軽い感じで)「この前はありがとう。助かったよ。恩に着る」
「そう思うのなら今すぐに何でも良いから恩を返せ。言葉だけの感謝は要らない」

※人間はスグに、受けた恩義を煩わしく思うようになる。具体的な恩の返し方を言わず、このように口先だけで感謝を述べる者は裏切る。恩を施した見返りを期待しているのなら、スグに恩を返させた方が良い。


69 安定を求めるのはリスクが高いともいえる

「いいよ、どうせオレはこんなもんだから。この程度のことをやって安穏に暮らせればいいさ」
「自分で自分のことをどう評価しようとも、世間は君の思ったとおりに生活することを許さないよ。いつ大きな力が君の安穏な生活を脅かすか分からない。覇気をもって生きるとは何も野心だけの話ではなく、自分の力を高めて安全に暮らすことでもあるんだよ」

※覇気のない人間をダメと思うか、それはそれで良いんじゃないと思うかは価値観によるが、少なくとも安穏な暮らしは見た目よりはリスキーと言える。


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饗庭 悟 : AEBASATOL

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